#雑記
2回目観てきた廻天メモ
脈絡なく書き殴ってるだけ
とりあえず夜は明けたのかな
まどかとほむらはもう交差することはなさそうなのは分かった
エンドロールに泣かされまくり
交わらないんだねずっと
TVシリーズ→神が生まれるまで
叛逆→悪魔が生まれるまで
廻天→創世、そしてその世界の仕組みとそこで生きる者の営み、宗教がなぜ生まれたか
文字だけで切り出すとえらく取っ付きにくい経典じみたものとしか(でも好き)
マルグリート救済→魔女システム→ワルプルギス→円環救済→ほむ悪魔システムでぐるぐる同じようなことが回ってる
「名を呼んで」=個として見るということ?
新キャラの円環(まどか)への感情がそれぞれ違った、ワスはそもそもとして
誰かを救いたいという思いは必ずしも正解や正義じゃないということが彼女らを通して感じられた
ひとつの親切心を救われたと思うか余計なお世話と思うかは普通に生きててもよくある
そうするとマルグリートやまどかの「全ての魔法少女を救いたい/魔女を産まれる前に消し去りたい」は仕組みとして等しく作用しなくなり、完全な救済とも呼べなくなる
まどかがほむらを救えてない
ほむらがまどかを救えてない
誰もが誰かを救いたいけど、それを救いじゃないと感じる人もいる
でも丁香ちゃんは自我まどかに救われてる気がする、あそこ大好き
あとさやかちゃん
元々TVシリーズから好きで、なんて言うか一番等身大の女の子に見えてた
ずっと視聴者目線に近いキャラクターだなって思ってる
そんな彼女のほむらへの鼓舞は刺さりまくってボロボロに感情移入させられた
ついでに言うと名塚でのほむらとのあれこれもね、しんどいねん
さやかちゃんて「他人のためにいいように動いてしまっている(それが彼女自身が認めて動いてしまっていると思わせるような行動をする)女」感の描写あるんですよね
確かにね、願い事や行動原理が他人軸だったし
そりゃそうなるよ、だからだよとも言えるんだけど、でもだからこそほむらへのあの発破が輝きまくってるんですよね私的に
うまく言えない!
ついていけないと一度ドアスラムしても(この時、表札が大きく出てたことからここでのなぎさとの対話は魔法少女でもなんでもない、役割など一切なしにただの美樹さやかとしての内側で考えを整理してるように思う)
(TVシリーズでの徐々に濁っていく彼女は「美樹さやか」より「魔法少女であるさやか」で頑なに動いてたように感じた)
「なにか決断をする時」の行動原理(または理念)は紛れもなく他人の幸せを願える人だと思う
「何のために」ではなく「誰のために」どうしたいか
水を扱うから勝手に共感性も強いのではと思える彼女の行動原理はどうあっても「誰か」で、何度やり直せたとしても持ち前の未熟な正義感から恭介や他者の幸せを願うんだろう
だから強くも、濁りやすくもあった
魔法少女になる前にマミさんに願いの齟齬を忠告されてはいたけどあのタイミングじゃしゃーないと思う、聖職者じゃないんだから...
整理する余裕もなくここぞと言う時にそばに絶対あいついるしね
何であれ私はさやかちゃんが好きだよ…
反対にマミさんやなぎさは行動原理(願い)がシンプルだったことで強いんでしょうね
軸がぶれないから魔法少女(または魔女化)としての強さにも比例してる気が
それでですね、そもそもこれを確認するだけのために2回目見に行ったんだけど
さやかちゃんなんで最後いないの?
2回見ても見つけられなかった、なんで...
あれ視点まどかかなとは思ってるんだけど
なら尚更なんで...
ラスト、ほむらが満足げな表情をしてることからもしやほむらのまどかとの記憶が改変された?またはなくなった?としか思えなくて
じゃなきゃあんなに固執して心からの無邪気な笑顔なんて見せてくれなかったほむらがあんな顔するかな
エンドロールの最後の2人の足跡、一瞬だけほむらの方へまどかが寄り添うけどすぐに離れてしまうあの感じ
ほむらによって引き裂かれた自我まどかは結局戻ったんだと思うんだけど、円環に自我が加わったことでこれまでの全てを見て知って何らかの力で何らかを施した?(ふんわりすぎ)
あそこが偽りの見滝原のままだとしたら、あそこに記憶をなくした状態でさやかちゃんがいるのはつらい?あんな幸せそうな恭介と仁美...叛逆のラストの2人に対するさやかも無理して納得してそうな感じだったし...えええでもでもでもと自分も廻天
わかんないしかないんだけど、私はさやかちゃんに心から健やかに一番笑っていて欲しい
他に気になったことといえばなんか馬モチーフもよく見たような...木馬とかペガサスとか...もともとだっけ?
馬...?え?午年公開だから??いやまさか...
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